
群馬県沼田市は河岸段丘のまちとして知られる。
JR沼田駅のある場所と少し離れた商店街は高低差があり、駅から商店街へは坂道を上っていくことになる。
あるとき沼田市を訪れた際、駅から商店街に向かう上り坂を車を走らせていると、坂道をショートカットするような階段が現れた。
その光景がどこかグッときて、ずっと心に残っていたのだ。
心に残るあの沼田市の階段をついに訪問
JR沼田駅の駅前通りは、中心市街地に向かって坂道になっている。

その途中に現れるのが件の階段である。


↑これがその階段
中心市街地(商店街)が高い場所にあるため、駅は長い坂道を上っていくことになる。
車だと坂道をぐるりと回っていくことになるのだが、徒歩用にはショートカットするような階段があるのだ。
以前 車で通り掛かった際には、気になりつつも階段を上る時間がなかったため泣く泣くスルーしたのだが、その佇まいに惹かれ、ずっと再訪したいと思っていた。
今日は階段自体を味わうことを目的に訪れたのだ。

↑駅からの通りを例の階段を目指し歩く
歩きながら、頭の中には ♪長い長い坂道をいまのぼっていく… のメロディ。
柴田あゆみの「白いページの中に」。
私は映画「ホテルローヤル」の主題歌で使われたカバーバージョンのほうで知ったクチだが。
脳内カラオケが2番のサビにさしかかろうかというとき、ついに眼前にあの階段が現れた。

どうだろうか、この佇まい。
この階段についての予備知識は一切持ち合わせていないのだが、昨日今日の階段では醸し出せない雰囲気を放っている。
思い憧れ続けたスポットにようやく訪れることができ、いままさにそれを前にして胸がいっぱいになる、そんな経験はないだろうか。
私はいま、大きな屋根のかかる階段を目の前にして、そんな気持ちになっている。
実際に階段を上がり、感嘆の声が思わず漏れる。
長さはさほどでもないが、ゆるい螺旋を描いており、入口から出口を見通すことはできない。
階段自体は、コンクリートに木造の屋根がかかるだけ。
「だけ」とはいったが、この屋根がなんともいえない良さを醸し出している。
クソっ、「なんともいえない良さ」をうまく言語化できないのが悔しい。
↑上側の入り口
↑階段を抜けてもまだ坂道が続く
これまで私の興味が強く向くものといえば、商業施設や商店街といった、生活の営みが強く感じられるものであった。
一方で、構造や機工、地形などにはグッとくることはあまりなく、タモリさんの『TOKYO坂道美学入門』を読んでも、共感するところは少なかった。
しかし、「坂道をショートカットする階段」の光景にグッとくるのは、私も人間としての幅が広がったということなのか。
いやそれは単なるうぬぼれか。
でも、いいものはいい。
訪れてよかったと強く思った、沼田市は「滝坂」の階段であった。
そういえば心象風景にある「坂道ショートカット階段」があった
生まれ育った新潟県は長岡市にはかつて海がなかった。(「かつて」というのは、のちに海に面する自治体と合併したからである)だから、幼い頃に海を訪れた記憶は強く刻み込まれている。

沼田市の階段に出会った後、ふと子どもの頃に訪れたとある海辺のまちでも「坂道をショートカットする階段」を望んだ記憶がよみがえってきたのだ。さて、どこの海辺のまちであったか。柏崎、西山、寺泊、角田浜…
こういうときに文明の利器のありがたさを思う。 googleストリートビューでいくつかの海辺のまちにあたりをつけて探ったところ、それが同じ新潟県の出雲崎町にある階段だとわかった。
どうやらいまもその階段が現存することを確認し(よかった)、スマホを置いて実際に訪れてみる。

↑これがその階段
事前にgoogleストリートビューで画像を見ていたものの、訪れてみるとやっぱり感慨深いものがある。
過去の記憶といまの自分の関心が結び付いたのだから。
単なるショートカット階段ではなく「通学階段」だった
出雲崎町の階段は、海岸沿いから上る坂道の途中で現れる。

↑坂道の上方から眺めた図
坂道は国道となっており、車の往来も多い。
歩行者がこの道路を歩く姿は見られず、ここに歩行者のための「坂道をショートカットする階段」を設置する理由はわからなかったのだが、のちにその意味を知ることとなる。

↑今回は階段の上側から辿ってみる
沼田市の階段と比べ、雰囲気はまったく異なる。
屋根もコンクリート造りで堅牢そうで、距離もずっと長い。


↑壁面にはこどもたちのものと思われる絵が描かれている。「'94」とあるので、1994年に描かれたものだろう。


↑壁面の反対側はオープンになっており、「妻入りの街並み」で有名な出雲崎の家並みや日本海の眺望が望める
しばらく階段を下りると、国道にアクセスできる入口に到着した。

↑外から見るとこの部分
階段はここで終わりかと思いきや、なんとまだ下につながっていたのである。
外から見ただけではわからないことってある。
いわんやgoogleストリートビューをや、である。

↑さらに階段が下に続く

そしてしばらく下りると直角に左へ曲がる。
どうやら国道の下をくぐっているようだ。


↑さらに続く階段を下りると

↑ようやく下側の入り口に到達!
実際に歩いてみると、これが単なる「坂道をショートカットするための階段」でないことがわかった。
「ショートカット」というよりも、歩行者が通行量の多い国道を回避して山側へアクセスするためのものと思われた。
そのヒントが、階段の壁面にあった。

ありがとう学び舎
ありがとう通学階段
通学階段ができた日 昭和42年10月23日
通学階段が役目をおえる日 平成12年3月31日
どうやらこの階段は、海岸沿いの集落から山の上にあった旧出雲崎小学校へ登下校するための通学路として使われていた「通学階段」であったようだ。
しかし、山の上にあった出雲崎小学校は平成12年をもって別の学校と統合移転したため、「通学階段」としての役目を終えたということらしい。
なんだか切ない。

↑たしかに通学階段の下側には集落があり

↑集落の小路の先にある通学階段を上り

↑山肌に沿うように設置されている階段


↑階段を抜けた先には

↑かつての小学校の校舎が残る
出雲崎のこどもたちがこの通学階段を歩いて登下校していた様子を思い浮かべてみる。
雨の日も雪の日も通学階段に守られながら、時には日本海に沈む夕日を見ながら。
以前「わたしの通学ロード」というテレビ番組を熱心に見ていたくらい(放送期間が短くて残念だった)、他人の「通学路エピソード」に弱いのだ。
今も出雲崎の多くの人の記憶に焼き付いているであろう通学階段。
思い出に残る限り、その役目はきっと終えていない。
「坂道をショートカットする階段」に感じる美学
今回2か所の「坂道をショートカットする階段」を訪れ、その魅力に開眼した。
X(旧twitter)で全国各地の階段を巡る方をフォローさせてもらっているが、フォローの理由は本筋である階段以外の投稿のおもしろさからで、純粋な「階段趣味」というのは理解できなかった。
しかし、これが「坂道と階段が組み合わさった光景」となると話は別なのである。
なぜなのか。
これは人生の話なのだと思う。
坂道があり、そこにショートカットするように交差する階段がある。
さて、どちらを往くか。
2か所の「坂道をショートカットする階段」を訪れた時、実際に階段を上る人の姿はなくても、そこには確かに人の姿が見えた。
そしてこんな声が聞こえてきた。
「上で待ってる」
私はゆっくりと階段のステップを踏み出す。