大学生の頃、一人暮らしをしていた東京・八王子から地元の新潟県は長岡に帰る手段はいろいろあり、毎回同じではつまらないと、いくつかのパターンを模索していた。
最も多く使ったのが高速バス。
確かお昼頃に新宿を出て、夕方に長岡に着く便があった。
安価で快適な高速バスだが、ど日中の運行なので移動だけで一日の活動時間が費やされてしまう感覚が惜しかった。
でも車中で無料サービスの映画が見れたりと快適で、こんなこともないと普段映画なんて見ないから、「E.T.」や邦画「ハルフウェイ」の記憶は鮮明。
一度同じバスに就活で知り合った女の子がたまたま乗っており、長岡で降りたあと一緒に「ポアル」にラーメンを食べに行ったっけ。
友達から
「ポアルのラーメンは長岡っ子の青春そのもの」
とよく聞いていたのが、長岡育ちでありながら私がこの有名店に行ったのはこのときが初めてだった。
だから私のポアルの思い出は、高速バスと女の子(そういう関係ではなかったが)。
さらに長閑な移動方法として、在来線で帰るというのも結構やった。
まず八王子からJR八高線(忠犬ハチ公みたいな響きでかわいいね)で高崎へ、高崎から上越線に乗り換え、さらに途中の水上駅でも乗り換えるという面倒くささ。
でも、途中高崎で降りて「山田かまち美術館」に行ったり、前橋でJリーグの試合を観たり、水上で温泉に入ったりと、今思えば贅沢な時間の使い方にも思える。
乗車の際は、わざわざ車内で聞く用にウォークマンに楽曲プレイリストを作って帰省に臨む気合いの入れよう。
バスよりも旅情が感じられ、気分は阿房列車、内田百閒の世界であった。
さらにケッタイな帰省方法が夜行列車である。
調べたら今はなき「能登」という急行列車らしい。
夜の11時頃に上野を発車し、一度長岡に至るのだが、なんと長岡では列車の折り返し作業をするためだけに停車し、乗客は降りることができない。
扉が開かないまま列車は金沢に向け走り出す。
夜中の3時頃、本来の目的地である長岡に着いたのにもかかわらず降りることができず、歯噛みしながら直江津に向け動き出すときの心境と言ったら、なんだか自分の中のマゾヒスティックな部分を綿棒でこちょこちょされるような快楽さえ芽生える心持ちであった。
再び長岡を目指すには、朝4時に直江津で下車し、その約2時間後の信越線の始発をひたすら待つのである。
一度同郷の友達とその夜行列車で帰省を試みたとき、朝4時の直江津で時間を持て余した我々は、海に行ってみようか、となった。
直江津駅から港町特有の匂いがする路地を抜けて、早朝の日本海を臨む。
憧れていた東京に出たはずなのに、着ているのは地元で買った服。
おぼつかない足元を海風が撫でていった、18歳、童貞の春だった。
時間だけはあったあの頃。
どこへでも行けたはずなのに、日本地図の上に同じような線を濃くなぞるだけ。
そのもどかしさすら今は懐かしく思えるのだけれど。
最後の移動は片道切符、引っ越しを終えたあと、夕方の上越新幹線で。
すごいスピードで流れていく景色に、覚えたての「都落ち」なんて言葉が浮かんできたけれど、やがてトンネルに入り、そして考えるのをやめた。
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