青と黄色のカラーリングは連帯の証。
惨劇に言葉が出ない、と口では言うが、本当は言葉が出ないのではなく語る言葉がない。
みんなはどのくらい本気で思っているのだろうか、と持ち前のスカした感情が疼いては不安になる。
書店にはすぐさま戦争と平和や、世界の枠組みについての特集コーナーが設けられた。
時季を逃さない姿勢には「プロ」を感じる。
毎年3.11を迎えるたび、何か書けるエピソードはないか、記憶をたどってみる。
あの日の記憶は鮮明なのだけど、被災地から遠く離れた一人暮らしの部屋で津波のニュースを流しながらウィキペディアの「三毛別羆事件」のページを読んでいただけの自分に、書かなくてはいけない言葉は何もなく。
それを創作の素材にすることも、極端に厭うこともどちらも否定できない。
14時46分、職場で黙祷のアナウンスが流れるタイミングで、取引先からの外線電話。
タイミングを考えろよ不謹慎なやつだな、とも思うし、別にいいじゃん、とも思う。
電話を切りすぐに黙祷に戻ったが、不安になって薄目を開けてみる自分がいた。
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