これまで白髪とは無縁の人生だったから、なんだかそれが大人の階段をのぼった勲章のように思えて、あまり抜かないでいる。
「おじさんになりたい」
女性に同じような気持ちがあるのかはわからないが、男には少なからずそんな願望がある気がする。
「おじさん」にはどこか「渋さ」や「大人の余裕」が感じられる、憧れの響きが漂っているような。
だから時折20代のくせにおじさんを自称している男を見ると、「寝てない自慢」をされたときのような、どこか薄ら寒いものを感じてしまう。
まだ30過ぎの私の分際ではとても自称できないし、そもそも自分をおじさんだとは思っていない。
おじさんのハードルは高いのだ。
ある程度年齢や経験を重ねて、やっとたどり着ける境地。
それが何歳なのかも今はわからない。
きっと誰かがあるとき肩をポンとたたいて、「あなたは今日からおじさんです」などと伝えに来てくれるのだろう(肩を叩くその人もおじさんだったりして)。
中学生のころから中身は何も進歩せず、あの頃大人になったらわかるようになるんだろうなーと思っていた大概のことが全然わかっていない私のもとにも来るのかな、「肩ポンおじさん」。
「おじさんになりたい」
そう思い浮かべるそれは、どんなおじさんだろう。
「俳優の〇〇さんとか渋くてかっこいいよね」
「ミュージシャンの〇〇さんは歳を重ねてどんどん素敵になっていくね」
浮かんでくるのは「テレビの中のおじさん」。
あれ、市井のおじさんはどこへ?AVに出てくるような「いわゆる」のおじさんは?
おじさんにはなりたい、けれど若々しさを求める。
なんだか都合のいい将来像だなと思いながらも、矛盾はしていないことを私も知っている。
「おじさんになりたい」と「モテたい」がニアリーイコールなこの世界。
でも悪いことではなくて、歳をとることに悲観せず、そこに希望を見出す術であり、自分の未来を信じることでもある。
若人を代表して謝罪します、おじさんすみません、私たち「おじさん」をモテるためのニュアンスとして使わせてもらいますわ。
数年後、あるいは数十年後、私の肩にポンと手が置かれるそのとき。
「大人の余裕」と「モテたい」を同時に追求する禅問答の果てに、私に降りてくるおじさんはどんなおじさんなのか。
ミュージシャンみたいなおじさん?それとも「いわゆる」のおじさん?
30才は駆け足でやってくる。
40才はダッシュでやってくる。
50才は猛ダッシュできます。
年齢を重ねると時間経過が早いです。

