生まれた街のイトーヨーカドーがなくなるという。
あって当然と思っていたものが、なくなるということ。
閉店間近のイトーヨーカドーの思い出を振り返るべく訪ねた。
駅前の一等地にそれはある。
↑いつからかハトのマークはセブン&アイホールディングスのマークに
イトーヨーカドー丸大長岡店(新潟県長岡市)。
1988年にオープン、駅前にそびえたつイトーヨーカドーは、いつだって私たちの欲望を満たしてくれた。
しかし業績悪化で来年2019年2月末までに閉店するという。
実家の町は田舎で、1軒の個人商店を除けば店などなかった。
だから市街地に出ることを「街(まち)に行く」と言っていた。
イトーヨーカドーはそんな街(まち)の中心―シンボルーだった。
↑駅前の地下通路からイトーヨーカドーの地下1階につながる。昔はよくここで路上ミュージシャンが歌っていた。サムシングエルスが流行っていたころ。
たしか小学校の校則で、4年生になると子どもたちだけで校区外に出ることができた。
バカな小学生は街までの長い距離を歩いてイトーヨーカドーを目指したものだった。
お別れを惜しむべく、地下1階から最上階7階まで、ワンフロアワンフロアゆっくり見て回った。
確かに、昔に比べ魅力はないかもしれない。
郊外には車で行ける大きなショッピングモールがあって、わざわざイトーヨーカドーに来る必要性もない気がした。
それでも浮かんでくる思い出はいくつもあって…
↑店内の写真撮影は禁止なので、文字による回想です
かつて新星堂がテナントで入っており、ミスチルが特集のフリーぺーパー欲しさに、CDも買わないのに足を運んだこと。
↑ゲットしたフリーペーパー。これはそう昔じゃない2008年。
それから今も入居するミスタードーナツ。
はじめてのミスドはこのお店だった。
友達の親からドーナツを買ってあげると言われたのだが、遠慮した私は一番好きな「チョコファッション」が食べたいと言えず、チョコがかかってなくて10円安い「オールドファッション」を頼んだ思い出。
健気やね~。
↑ミスドの外壁に記されたこの番号は何?
あ、そうそう、ここ、この出入り口だ。
あれは中学校1年生のとき。
友達とイトーヨーカドーから出ようとしたら、この辺で他の学校の女の子3人組に声をかけられた。
そして私がイトーヨーカドーで買ったお菓子をベンチに座って分け合って一緒に食べた、そんな甘酸っぱい思い出。
それだけのことなのだが、私は田舎の学校だったし、女の子たちは市街地の学校だったので、中1の私は
「○○中の女の子に逆ナンされた!」
とはしゃいで、学校で自慢しまくったのを覚えている。
こないだ一緒にいた友達に聞いたら全然覚えてなかったけれど…
でも、そんな小さな思い出が今でも自分の矜持になっていたり。
イトーヨーカドー周辺にも思い出はあって…
イトーヨーカドーのすぐそばのこのへんに「ATOMIC STUDIO」という古着屋さん?セレクトショップ?があって。
根がおしゃれじゃない自分には縁のない場所だったけれど、高校のころイケてる友達に連れてきてもらって一回だけ入った。
せっかくおしゃれなお店に入ったんだからと何か買いたくて、どこでも売ってる帽子を買ったのだ。
↑こんなやつ。どこでも売ってるっつーの。
そんな思い出も、ヨーカドーの風景とともにある。
正直危ないと思っていた。
同じ新潟県内のイトーヨーカドーが閉店したニュースを聞いて、わがまちのヨーカドーもいつか…と思っていた。
↑これはすでに閉店した柏崎市のイトーヨーカドー
嫌な予感が現実になる。
なんとなく予想していたとはいえ、青春時代を過ごした建物がなくなるということーー
その実感が湧かない。
惜別のイトーヨーカドー巡り、地下1階から見て回り、最後は最上階にあるレストラン「ファミール」で食事。
↑許可をいただいて撮影
土曜の夜なのに、店内がガラガラなのがさみしい。
レストラン階の最上階にいまやレストランが1軒しかないのもさみしい。
売り場では、テナントのお店の従業員が、閉店後の対応や近隣店の案内をしていた。
本当に閉店するんだなー。
段々実感が湧いてきた。
「お客さまの声」というコーナーには、閉店を惜しむ声が。
↑こういう紙に客側が意見を書いて投函すると、店側が回答を貼り出してくれるやつ
「閉店しないでください」
という投書のほか
「カメラマンとして、全国のヨーカドーを写真に収めてきました。ここでお聞きしたいことがあります。閉店の日に、日が暮れたら店のito yokadoのサインを光らせることはできませんか?」
なんてものも。
(全国のイトーヨーカドーを写真に収めるとは変態だ…!)
と思った。
その人と飲みに行きたい。
この街からハトのマークがなくなる。
景色は変わっていくもの。
過去にしがみついてはいられない。
だけど、ここで過ごしたあのときの匂いは鼻の奥にこびりついている。
さよなら、俺たちのイトーヨーカドー
私が惜別のイトーヨーカドー巡りをしたことを話すと、兄もどうやら同じことをしていたという。
また妹は「イトーヨーカドーが私の青春」と言い切った。
閉店まであと少し。
その姿はなくなっても、あの匂いを思い出せるように。
もっと焼き付けておかなければ。
↑閉店するイトーヨーカドーとの惜別の2ショット
※このエントリはデイリーポータルZの投稿コーナー「自由ポータルZ」に掲載されました↓